PEANUTS募金 | BLOG

LOVE FOR NIPPONからのお願いです


今日は皆さんにお願いです。

私達がスターターをさせて頂いている
LOVE FOR NIPPONで月命日に毎月行なっている仮設住宅や幼稚園を訪問しての活動資金を集めるため、
そして、震災から5年経ち薄れた人々の関心をもう一度現地に向けるために、
今回クラウドファンディングに挑戦する運びとなりました。




この5年間マッサージや炊き出しなど様々な仲間たちと被災地へ足を運んできました。
それぞれの持ち出しでおこなってもらったりと個人負担も多く、団体の資金ぐりも大変です。




未だに仮設住宅が数多く在る中で、どうしても今後もこの活動をみなさんと継続していきたく、
クラウドファンディングをトライすることにしました。
少しでも多くのみなさんに協力していただきたくあらためてみなさんにお願いします。




ご興味のある方はこちらをご覧ください→https://readyfor.jp/projects/candle11

何卒よろしくお願いいたします。

LOVE FOR NIPPONレポート 2015 NO.2

plumpynutsがスターターとして参加している
「LOVE FOR NIPPON」
の活動レポート2015 NO.2を報告させていただきます

今回は福島、宮城各地で行われた3月11日のキャンドルイベントをまとめました。
長い報告となりますがご一読ください。

【宮城県山元町】
■2015 3/11
午前中に山元TIME代表山下さんと合流し
いちごの直売所【夢いちごの郷】へ。
震災当初から山元町へ足を運んでいる
湘南の風「若旦那」さんもスタッフと共に現地へ出向いて下さいました。


IMG_0725.JPG津波でたくさんのいちご農家が被害にあった山元町。
塩害等の影響から土耕栽培はできなくとも、水耕栽培でいちごの栽培が再開していました。
菅野さんのいちごハウスにおじゃまし、いちご狩りを体験。


「うちのいちごが一番おいしいよぉ!」
と笑顔で話しながらも
"土で育てたいちごはもっと美味しいよ"
と言い、栽培が再開しながらも、
震災前と後とで変わってしまった事は
たくさんあるだろうと感じました。

IMG_0730.JPG直売所【夢いちごの郷】では、菅野さんはじめ農家さんのいちごやジャム、お野菜、お米などを販売しています。東京からもたくさん遊びに来てもらいたいとのことなので、
ぜひお出かけください。
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夢いちごの郷
989-2203 宮城県亘理郡山元町浅生原下宮前94-1
0223-37-1115

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続いて【りんごラジオ】へ。
被災者、避難者、町外の方にタイムリーな情報を届けるため
震災後から開始した災害臨時FM 【りんごラジオ】。


IMG_0744.JPGLOVE FOR NIPPONから若旦那さんにご出演頂きました。
また、本番を待つ少しの間
山元町教育委員会 生涯学習課 課長の齋藤三郎さんにお話を伺うことができ
当時の被害状況を改めて数字で確認しました。

震度6強(M9.0)の強い地震と津波 / 死者636人 / 家屋全壊 2,217 棟,半壊等 2,223棟
22の内 沿岸地区6部落が壊滅 / 震災前は17,000人弱程いた人口も現在は13,000人弱に
現在も11ある応急仮説住宅で1,378人の方々が生活されています。


若者を中心に町を離れる人も多く、共に過ごしたスタッフが少なくなり当時の事を同じ思いで語れる相手がいなくなっている
そんな思いも話して下さいました。

「5年目をむかえ、来年はもっと大きく変わっていると思いますよ。」

5年という時間で変わっていく何かが、
現地をずっと支えてきた齋藤さんだからあるのだと思います。
1年後、明るいニュースであふれていますように。
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りんごラジオ
989-2203 宮城県亘理郡山元町浅生原字作田山32
0223-29-4772
http://ringo-radio.cocolog-nifty.com

山元町役場
〒989-2203 宮城県亘理郡山元町浅生原字作田山32
0223-37-1111
http://www.town.yamamoto.miyagi.jp

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ラジオの後は【山元TIME】へ!
お昼を作ってくれたお母さん達とバーベキューしながらお食事タイム。
ADRA Japanチームの方々もマッサージやバーベキューの食材の提供をして下さいました。
また、広島の
ボランティアの高校生が、素晴らしい賛美歌を披露!
賑やかな食事会となりました。

IMG_0755.JPG山元TIMEの皆さんが作るアクリルたわしの新作【スマイルたわし】が
どのように作られているのかお話を伺いました。
手間のかかる作業に一同感動!
山元TIMEのみなさん、ADRA Japanのみなさん、ありがとうございました!

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山元TIME
989-2201 宮城県亘理郡山元町山寺字高地18-2
070-5366-4408
https://www.facebook.com/yamamototime
http://www.lfn.jp/山元タイム/

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夜は仙台RENSAへ移動し、【忘れない 3.11】に参加。
FREEDOMメンバーのMINMI、HAN-KUN、KENTY GROSS、BES、The BK Sound、そして若旦那さんが中心となり"3.11"を伝えつづけるためにと昨年に続いてイベントを開催。
皆様のご厚意によりLOVE FOR NIPPONで物販をさせて頂きました。
お母さんたちが夜なべして作った愛情たっぷりのスマイルたわしを持って
山元TIME 山下さんもブースに立って下さいました。

何とか全てのたわしを売ろうと若旦那さんはステージ上でも紹介してくれ、
スタッフ一丸となって販売し見事全て完売!!

山元町、そして仙台の皆さん
若旦那さん、FREEDOMメンバー並びにスタッフの皆様
お買い物頂いた皆様、そしてRENSAスタッフの皆様!
本当に多くの方々のご協力のおかげで素晴らしい3.11を過ごすことができました。

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FREEDOM
http://freedom-aozora.com
http://www.freedom-aozora.com/2015/page/311.php

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想像した以上に自然と笑顔が溢れ、楽しい3月11日を過ごしました。
こんな風に現地の方と自然と生まれる笑顔で過ごせる3月11日を
来年も作れればと思います。


【福島県会津市】
2015 3/7 
「福島県希望の灯り」イベントを福島県会津で行いました。
この日のために事前に会津若松第一幼稚園を訪問して
子供たちと一緒にキャンドルを作りました。


_0027308.jpgイベント当日はキャンドルホルダーへのメッセージ記入や
希望の葉にそれぞれの夢を書いてもらいました。
それぞれの震災から4年の「今」や、「夢」を書いてくれました。


_0027338.jpg現在も福島県各地の仮設住宅をまわっていますが
震災当時に生まれた子供たちがだいぶ大きくなっています。
いかに仮設住宅での暮らしが長いものであるのかを実感します。


「震災」という災害であれば
5年目はいよいよ本格的に「復興」という年なのかもしれません。
が、ここ福島県で起きている災害は震災はもちろん原発事故からの放射能問題。
それだけではなく津波被害と風評被害、補償問題。
格差問題など様々な問題が発生しています。

3月11日は福島県各地で希望の灯りを灯しました。
5年目の今年も福島県の多くの地域を巡りみなさんと繋がっていきたいと思います


DSC_6034.jpg
【福島県白河市】
2015 3/11
福島県白河市にて「希望のあかり」イベントを行いました。

白河では丘の上幼稚園にて、事前に子供たちとキャンドル作りをしました。
また、将来の夢を「希望の葉」に書いてもらいました。


IMG_0292.jpg復興の想いを表現する追悼の日。
子供たちの将来の夢ひとつひとつに光が灯るように願いをこめて行いました。

小さい男の子たちはキャンドルホルダーに
『ほうしゃのうにまけないです』『みんなえがおでいてね』
と書いたカップを笑顔で渡してくれました。
夜になったらこのメッセージカップへ一緒にあかりをつけようと約束しました。


IMG_0296.jpgそして足の不自由な方が、自分の書いた
「1歩1歩」というキャンドルホルダーを探していました。

「私のお友達はまだ見つかっていないの。今日はあの日に似てる、 
すこし雪が降ってて風が冷たかったの」と。
ホルダーには
「あなた方を忘れたことはありません。元気な福島を取り戻すことを誓います」
と書かれていました。

それぞれの 想いに あかりを灯し
た日  2015年3月11日
どれもがつよく やさしい あかりでした。


IMG_0338.jpg
【福島県南会津市】
■2月の月命日は南会津の湯野上温泉にいってきました


南会津は福島でもとても雪深い町です。
放射能被害も少なく避難してくる方々も多い場所です。
3月11日にむけて子供たちとキャンドルを作るワークショップもかねて、湯野上温泉町で月命日ロードをおこなってきました。


_0026757.jpg
この日は多くの若い親子が参加し、とてもにぎやかな一日となりました。
ライブには渡辺俊美さんや谷本賢一郎さん
ジュンスカイウオーカーズの宮田和弥さん小林さんや
会津出身の越尾さくらさんや宮崎ひとみさんなど
たくさんのアーティストが参加してくださいました。

滑り台をつくり雪合戦をしたりと、大人も子供も
大はしゃぎで遊びました。

_0026813.jpg「このへんはほとんど震災の影響もなく放射能もこなかった
だから支援とかも、なんだか申し訳ないんですよねえ」

会津や南会津のみなさんと話をしているとよくきくことがあります。
県外のホテルのチェックインで書く住所欄に
つい福島県と書くことをためらってしまうということ。

福島県という名前で起こるさまざまなトラブル。
放射能被害がいったいなんであるのか
それをもっと多くの人々に知らせなければいけないのだと感じます。

復興支援とは、被災
地支援とはなんであるのか?
東京で日々忘れ去られつつある311を
あらためて考え直さなければいけないのだと思いました。

■2015 3/11
南会津でも追悼のキャンドルナイトがお
こなわれました。
荒天でたくさんのキャンド
ルを灯すことができませんでしたが
地元のみなさんがいっしょにがんばってくれました。
たくさんの温泉と豊かな大自然のある南会津。
あらためて多くの方々に南会津をおとずれてもらえ
たらと思います


DSC04802.jpg以上LOVE FOR NIPPONの活動レポートでした。
長文お読みいただきありがとうございます。

これまでの活動レポートはこちらをご覧下さい。
http://www.lfn.jp
また月命日に福島のみなさんの想いを授かっています。
https://www.facebook.com/LFN311
お時間あるときにみてください
ppn_12


LOVE FOR NIPPON活動レポート 2015 NO.1

plumpynutsがスターターとして参加している

「LOVE FOR NIPPON」

昨年末11月〜12月の活動レポートを今年のNO,1として報告させていただきます。

2014 11/11
11月の月命日は福島県郡山富田にある仮設住宅を訪問してきました

前日の夜から
宮城県山元町でおこなっている山元タイムでの月命日の
キャンドル作りに参加し午後福島に向かいました

山元タイムのお母さん達は朝早くから集ってくれてみんなで
キャンドル作りをおこないました
午後の福島は「おだがいさまセンター」のある富田仮設住宅での活動です
IMG_2417_1.jpgこの日は松本さんの陶芸コーナーがあったり、大道芸のパフォーマンス
そしてCHUMSさんご提供のビンゴゲームやマッサージ、ネイルサービス
などいつものように盛りだくさんな内容となりました

北海道からはイカめしなどが届き、塩竈からの海の幸などもあわせて
みんなで鍋をつくりました
これまでに出逢って来た福島のみなさんがこの集会場に集まり

みんなで月命日を過ごしました

今年の3/11におこなった福島県全域でのキャンドルナイトから
スタートした月命日に福島各所でおこなうキャンドルナイトですが
Fukushima311
http://fukushima311.jp
として少しずつですが福島のみなさんの想いをまとめています

IMG_2497.jpg4年近くなるこの原災被害ですが未だに仮設住宅はなくならず
帰る見込みがたたない地域が多く残ります
そしてなにより原災から風評被害、福島という名前のみで発生する被害も発生し続けています
それらの問題を解決することはなかなか難しいですが
原発周辺地域のみなさんとすこしでも多くの時間を共有させてもらい
現状の理解を深めそしてみなさんとともに
他の地域と
交流をもっていくことで、福島のなかで発生している衝突を
少しでも和らげることができたらと思っています

この日の夜にも福島のみなさんにそれぞれの今の想いをキャンドルに
託してもらいました。みんなで火を灯し青谷明日香さんのライブを楽しみました
_0024776.jpgこの日東京から来ているメンバーと現地のみなさんとの間には
支援する側される側の境界線はありませんでした
何度も交流し続けて来た結果とそれぞれの思いやりからの"おたがいさま"
という気持ちの交流がうまれているようでした

きっとこれが震災当時よく耳にした「絆」というものかもしれません
こうして月命日に再会し
お互いに励ましあうことができていることは、
とても大切なことになっています
改めて"震災"ではなく"原災"からの復興を目指す
福島をより多くの方々に知ってもらうためにも

Fushima311の活動を広めていけたらと思います


■2014 12/11

福島県郡山にあるたちばな西幼稚園を訪問してきました。
この日は朝から子供たちとキャンドル作りを行いました。
お父さんお母さん達も参加していただき、全員でキャンドルをつくり
それぞれのクリスマスプレゼントとさせてもらいました。


福島の仮設住宅で暮している皆さんと行っているお米作りですが
メンバーのみなさんにも手伝ってもらい幼稚園で餅つきも行いました。
お米作りの新潟チームは杵とうすをもってきて、日光山久保のチームは福島のみなさんと一緒に
作ったもち米を持ってきてくれました。
みんなで作ったもち米をつかって、この日参加してくれた
ラブフォーニッポンメンバーもみんな参加しての餅つきとなりました。
_0025212.jpg大道芸チームも子供たちのためにたくさんのメンバーできてくれ
ステージパフォーマンスの後にも子供たちと遊んでくれていました。
東京からはフタバフルーツさんがたくさんのフルーツを
もってきてくださったり、「フックブックロー」で有名な谷本賢一郎さんや青谷明日香さん、福島出身の越尾さくらさんや片平里菜さん、ブラフマンのToshi-lowさんや
ラビラビさんとたくさんのアーティストも集ってくれました。
広末涼子さんも子供たちへ絵本を読んだり
いっしょに遊んでくれたりと最後まで交流してくれていました。

ひとつひとつの出来事を書き出していくと
本当にたくさんの笑顔が浮かびます。
日本の大人たちは、あらためて福島でたくましく育つ子供たちの前に立ち
その子供達の未来を考える必要があると感じ
ました。
_0025262.jpg11日の月命日
毎月毎月いつもそこには感動が生まれます。
テレビのなかや本の中から与えられる感動ではなく
関わり合う中でこそ感じあえる感動がそこにはあるように思えます。

社会の中にある大きな問題。
なんとかしたいけど自分ではどうすることもできない。
大きな壁を感じたり絶望や怒りをおぼえたり社会や人のことを信じることができなくなってしまったりきっとそんな大人たちも多くいると思います。
でもそんな毎日があるからこそ
感動を感じることが出来るのかもしれません。
_0025395.jpg
■2014 12/25

福島県いわき四倉にあるチャイルドハウスでクリスマス会を
福島中央テレビさんと一緒におこなってきました。
いわき四倉はラブフォーニッポンの物資提供を
一番はじめにおこなっていた場所のひとつです。

今日伺ったこのチャイルドハウスは震災孤児のため
そしてまた放射線を気にせずに多くの子供たちが
室内で思いっきり遊べるようにということで建てられた施設です。

_0025687.jpgこの日のラブフォーニッポンはバーベキューをしたり
青谷明日香さんのライブ大道芸のパフォーマンスや
神戸のゆるキャラわるたんの登場などで子供たちとの楽しい時間を作りました。
このイベントの始まりは福島中央テレビさんの
若いスタッフからの提案でした。
「やっぱり自分たちで福島のことをもっと考えそして子供たちにすこしでも喜んでもらえる
未来を作りたい」そんな想いからのはじまりでした。
_0025693.jpg原発事故当時日本中が騒ぎ立て国会議事堂前に何万人も集ったりしていました。
しかし今はもう過去のことのようになっています。

三年経ってようやく除染された、それでもまだ高いところがある。
「さすがに最近はどこも下がって来たよね」
「そういえば数値計ることとかもしなくなったね」
と言います。

「でもだからといってこれでいいのかといえば、
そんなことはないからがんばらないとね」と福島の大人たちはがんばっています。

そして放射能のことを福島県民同士で
語り合うことができなくなってきているとも感じます。
放射能被害というもののこれまでは
「いつか癌になるかもしれない、奇形児がうまれるかもしれない」でした。
でも実際はその
前に「風評被害」「子供たちのアトピーや肥満児が増える」「精神病患者が増える」です。そして差別問題がうまれます。
これらをしっかり補償してもらうことが、きっとこれからの
放射能被害の常識」となるのだと思います。
それでいつか福島のみなさんのおかげで
「世界の原発や放射能に対しての常識が変わった、ありがとう!」

と言われるようにと想像し活動を続けています。

ひとりひとりの大人たちができることはまだまだあるはず。
これからも無関心にならず、批判するよりも、
そしてだれかと戦うことよりも
子供たちを笑顔をすこしでもたくさん出来るよう
がんばっていきたいと思います。
_0025731.jpg以上LOVE FOR NIPPONの活動レポートでした。
長文お読みいただきありがとうございます。

これまでの活動レポートはこちらをご覧下さい
http://www.lfn.jp
また月命日に福島のみなさんの想いを授かっています

https://www.facebook.com/LFN311
お時間あるときにみてください。



LOVE FOR NIPPON活動レポート 2014 NO.6

plumpynutsがスターターとして参加させていただいている
「LOVE FOR NIPPON」
7月〜9月の活動レポートを報告させていただきますppn_10


■7月月命日
浪江町のみなさんが暮らす仮設住宅を訪問しました


DSC_4313.jpg大道芸やビンゴゲーム、マッサージやネイルサービス、
バーベキューそしてキャンドルナイトと音楽ライブ。
浪江町のみなさんは震災直後、放射能が多く飛散していた場所に避難し
その後も避難先を転々としてきましたが、ここの仮設に落ち着きました。

この日は台風上陸予定だったので学校が休みになり
たくさんの子供たちが集ってくれました。
6月の月命日に訪問した幼稚園のみなさんや
お米作りメンバーも郡山から来てくれ、
様々な地域みなさんが交流を持ち楽しい笑い声が一杯となっていました。
DSCN0056.jpgこの仮設のみなさんは自分たちが帰るときにみんな
「いってらっしゃーい!」
と大きな声で、おもいきり笑顔で手を振ってくれます。
とても嬉しくもあり、とても切なくもなりました。

三年が経ってもなおこの人達は仮設で暮らしています。
「震災」からの避難ではない仮設住宅暮らしです。
「原発事故災害」「原災」からの避難です。

これは日本中の人が認識を変えるべきことだと思っています。

地震や津波ではなく、放射能被害が原因で
震災から三年も経つと避難先からなぜ帰らない?と責められる‥
これは震災ではなく「原災」から起きる問題です
なぜ自立を!と促すのでしょうか?「震災」ではないのに。

「原災」は福島県民同士の軋轢を生み
そして差別問題に発展して行きます。
福島では震災と同じ復興プロセスは通用しません
たくさんの意見、考えがあっても一つの物差しで測る事が出来ないという答えが出ているのみです。

支援という点においては
今本当に心のケアをしなければいけない時となっています。
また帰ってくる約束と
多くの人に福島の現状を伝えるためにまだやれることがあります。
「震災」ではなく「原災」が起きているこの福島で。

DSCN0131.jpg

八月月命日は原発のある町大熊町の子供たちが通う
会津若松市にある小学校を訪ねてきました


大熊のみなさんは震災直後より会津若松市河東町に避難しました。
震災後に避難した会津若松市河東町は
大和田地区と熊野堂地区が合併した町だそうで
大と熊の地区の集まりということで
この偶然を地域のみなさんがとても大切にしています。

DSC_0124.jpg当日はいつものマッサージやヘアーケアチーム、
バーベキューチームに加え
スマイルスタンドPhoto Boothというその場で写真が撮れる
ブースをハイランドさんが持って来て下さり
ライブではラビラビさんカラトユカリさんをはじめ
子供番組で大人気の谷本賢一郎さん
(フックブックローのケッサクさん)や
車椅子で精力的に活動を続ける森圭一郎さんなど
多彩な出演者がみなさんの前で演奏してくださり
小さな子供から高齢者の皆さんすべてを笑顔にしてくれました。
DSC_0100.jpg普段のロードは仮設住宅が中心となっているので
その仮設に暮らす方々に対しての活動となりますが
今回は小学校でおこなったことで
地域に暮らす家族のみなさんが集ってくれたり
これまでの活動でご縁が生まれたみなさんが
集ってくれました。

避難生活をされている方々同士の情報交換や
地域のみなさんとの交流がもてたことは
非常に良かったと思います。

お母さんと子供は会津で生活を続け
お父さんだけは原発で日々働き月に二度ほど会津に帰ってくる。
そんな家族が多くいらっしゃいます。
みなさんそれぞれに誇りをもち
原災からの避難とともに復興活動もおこない続けています。

そしてまたそんな家族を暖かく受け入れている
会津地域のみなさんがいらっしゃいました。
これからも月命日を福島でより多くのみなさんとともに過ごし
少しでも多くの笑顔を作るとともに
それぞれの現状のお話を聞かせてもらえたらと思っています

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■ 8月23日宮城県で開催されたFREEDOM 2014 東北に
LOVE FOR NIPPON / 山元TIMEブースを出店しました


フリーダムとはラブフォーニッポンスターターMINMIさんと若旦那さんが
毎年行っている野外フェスティバルです。
淡路島、宮崎と二会場で行っていましたが、震災後は宮城でもということで
全国三カ所でおこなうビックフェスです。
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若旦那さんMINMIさんは震災直後より、物資を集め山元町はじめ名取市閖上地区のみなさんが避難している避難所を何度もまわって下さいました。
その交流は現在まで続き、今年の3/11も現地追悼式典に出席したり
山元町の成人式には必ずメッセージを贈って下さっています。

フリーダム宮城でも山元町のみなさんを招待してくださっています。
そしてラブフォーニッポンのお母さん達のものづくり"山元タイム"とも
毎年コラボミサンガを制作しフリーダムで販売いただいています。

昨年はMINMI × AI コラボの[祈りのミサンガ]が大好評でしたが、
今年はMINMI × 青山テルマのコラボレーションミサンガと、若旦那バージョンでした。
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山元タイムのみなさんはミサンガのワークショップを行いましたが、
オープン当初から大賑わい!
中には「ミサンガ編みが難しい〜」「三つ編みもできない〜」
という方もいらっしゃったので「仕方ないわね」と
お母さんの様に三つ編みを手伝ってあげる姿も。
普段なかなか繋がる事のない若者達との交流を楽しんでいました。

LOVE FOR NIPPONのオフィシャルグッズもたくさんの方が
興味を持って下さり、ミサンガは昨年同様売り切れとなりました。
FREEDOM3.jpg
MINMIさんや若旦那さんのLIVEでLOVE FOR NIPPONを知り
なかなか日常でできる事が少ないけれどと、フリーダムでのお買い物を通して支援をして下さる方がたくさんいる事を実感しました。

終わりにはMINMIさんのスペシャルLIVE。
山元タイムのお母さんたちも照れながら若者達と一緒にタオルを回
腰をふって踊る姿がとても可愛らしく素敵な光景でした。

震災から三年が経ちました。
震災が起きてすぐ若旦那さんMINMIさんとラブフォーニッポン
はじめようとなり、毎日毎日がラブフォーニッポンのための時間でした。

多くの団体が支援を終える中で、ラブフォーニッポンのゴールはどこに?
風化してしまった現在そろそろ団体としては終わりを考えてもと
思うときもありましたが、「実際まだまだ各地に仮設住宅はあり
先が見えない人がいるなかでは終えるべきではないよね
こんな今だからこそまたみんなでがんばろう!」と
若旦那さんはあらためて理事として団体を支えてくれ、
二人のフェスティバル"フリーダム"からは活動資金の寄付を頂いています。

3年半以上経ってなお現地と繋がり、そして全国のみなさんともつながることができることに若旦那さん、MINMIさんフリーダムスタッフのみなさんに感謝しております。

今年も大好評頂いた[フリーダム×祈りのミサンガ]が
HMV ONLINEにて数量限定で販売されています!
既にSOLD OUTのものもありますが、ぜひチェックしてみて下さい。

ミサンガをきっかけにみなさまと繋がりあえますように。

■福島県の仮設住宅でくらすみなさんと
日光山久保地域でおこなっているお米作りをしました


この日は
夏の草刈りツアー。
富岡町、川内村そして浪江町のみなさんと、
このお米作りツアーも少しずつ様々な地域のみなさんが
集るツアーとなってきました。
_0023410.jpgまた山久保のみなさんもとても長い流しそうめんを準備してくださり
山久保でとれた野菜をつかった餃子や
しそおにぎりなどの振る舞いが用意されていました。

このお米作りツアーを始めた頃は地域のみなさんとの
交流はほとんどなかったのですが
今ではとてもにぎやかなお昼ご飯となっています。
それぞれがそれぞれに思いやりをもち
田んぼで一日を過ごす風景は本当に素晴らしいものです
いつも仮設住宅で会うみなさんの顔とはちがい
生き生きとし積極的に行動されます。

自分たちはきっかけをつくっただけですが
今では仮設のみなさんの結束は高まり、そして
他の仮設の皆さん同士の交流も積極的におこなってくれます。
そして山久保のみなさんともそれぞれに交流を深めて下さいます。

_0023433.jpg震災から生まれた絆がそれぞれに勇気づけ
助け合いの繋がりを深いものにしてくれています
生きる事は食べる事。日本人が生きる。
そこにはお米というものがあり
お米作りを1年を通して行っていくと年中行事が発生していきます。

三年半の月日から福島県では自殺してしまう方が増えています。
それは過疎地域での高齢者にも言える事です。
お米をみんなで作るという事は、みんなで生きていくという事。

誰かのために生きる。
誰かのためのお米を作る。
悲しみを知った人の作るお米にはきっと"愛情"がつまっています。
山久保の田んぼは、もうすぐ稲刈りの時を迎えます


_0023454.jpg以上LOVE FOR NIPPONの活動レポートでした。
長文お読みいただきありがとうございます。


LOVE FOR NIPPON活動レポート 2014 NO.5

plumpynutsがスターターとして参加させていただいている
「LOVE FOR NIPPON」
の活動レポートを報告させていただきます
ppn_10

今年も福島で避難生活を続けているみなさんとの
お米作りがスタートしました

まずは日光山久保地区で
そして新潟長岡川口での田植えをおこないました。
今年は富岡町、川内村のみなさんに加えて
浪江町のみなさんにも新たに参加頂きました。
もちろん、東京からもたくさんの家族が参加してくださいました。
_0021535.jpg田舎暮らしでは当たり前のようなことですが
ひとつひとつが都会の子供たちには新鮮な出来事となりました。
常に笑顔や笑い声が聞こえてきます。

_0021545.jpg_0021567.jpg新潟県長岡市で行った三回目の
田植えでもそうですが、日光や新潟の人達とも
"ありがとうはおたがいさま"が広がり
震災をきっかけにありがとうの交換が増えてきました。

そして、お米作りをはじめて三年。
みんなが本当に"ありがとう"を交換すべき存在は
この自然そのものであると
みんな笑顔に田んぼでごはんを食べている時や
山菜を採っている時、棚田で夕陽をながめる時に
気づかされました。

_0021999.jpg仮設で暮らすみなさんは孤独です。
ですがこのお米作りツアーの仲間たちはそれぞれに励まし合い
日々淡々と過ぎ行く仮設での毎日を生きています。
そして、みんなは"家族"だといってくれています。
これまでのメンバーだけではなく
新しい仮設のみなさんも一緒に、
仲良くこの家族の輪に入れて行ってくれます。

こうしてみんなで田んぼに集ると
普段福島県内では語れない話も出たり
いろんなことを教えてもらえます。
山菜を採る時も「今年は何の山菜が数値が高いんだよね」
とか最近の除染作業の話などそれぞれの状況も教えてもらいます。

震災に対しての温度は低下していると言われますが
でもこのお米作りは毎年
少しずつ人数も増えて作るお米も増えて来ています。

"震災のあったあの頃どうだった"を語るのではなく
"震災からの今"
を田んぼで語り合いご飯を食べそして喜び合っています。

まだまだ避難生活を続けている方は多くいます
もっともっと多くの笑顔を作るために
みんなでがんばっていきたいと思っています

_0021641.jpg
■ラブフォーニッポンロードチームは
6月の月命日に福島市森合幼稚園へ行ってきました


震災から三年経った今年3/11に
福島県全域でおこなったキャンドルナイトですが、
使用が終わったキャンドルを再利用しようということになり
もともと再利用キャンドル作り行っていた
アポロガスさんにお願いしました。

ラブフォーニッポンもこちら森合幼稚園で子供たちと一緒にキャンドル作りを月命日を過ごすイベントが出来る事になりました。
_0022327.jpg当日は陶芸家の松本さんに来ていただき
土を練り、ろくろ体験をしてもらいました。
幼稚園の砂場の砂も入れ替えたという事だったので
みんなで砂場で思いっきり遊んだりもしました。

_0022356.jpgお昼ご飯は幼稚園のみなさんが用意してくださり
楽しく頂きました。
ご飯のあとには大道芸くるくるシルクさんの
パフォーマンスや神戸の悪キャラ"わるたん"も登場するなど
幼稚園の時間は笑顔一杯の時間となりました。

DSC_4687.jpg園児たちが帰宅する時間になり親子が帰ってから
ラブフォーニッポンチームは
近くの仮設住宅を訪問し交流を深めました。
何度も訪れている仮設住宅ですが
なにもせず話をするということがなかったので
今まで聞けなかったお話を聞く事もできました。

幼稚園に戻り夕方からまた親子に集ってもらい
子供たちは将来の夢を、大人達には震災に対しての想いなどをキャンドルカップに書いてもらいました。

11522.jpgお父さんお母さん達とはまたお話の時間を取りました。
震災以降数値が高いと言われていた福島市で
ちいさな子供たちがいる皆さんのご苦労や
様々な決断など多くの話を聞かせてもらいました。

ひとりのお父さんから
「自分の二人の娘が将来結婚出来ないんではないか?それが一番心配な事です」

という言葉がでました。
自分も一番危惧していることであったのですが
その言葉を聞くとその子のお母さんの目からは涙が溢れていました。

国は「安全だ!」といいそれを信じる人もいれば
「信用出来ない」という人も多くいます
肝心の福島のみなさんが本当に
「国が安全だといっているから大丈夫だ」
と思っているかというと決してそうではないと、
多くの福島県民のみなさんと接して来て感じています。

同時に「だからといってどうにか出来る問題でもない」
ということで苦しんでもいます。

ただ最後には「でもみなさんが思っているよりも
ぼくたち毎日楽しく生活していますよ」
と締めくくりました。
その最後の言葉でみなさんに笑顔がもどりましたが
なんともやるせない想いが残りました。

この日は地域の方々にも協力していただき、
たくさんの子供たちや大人達が集りました。

地域のみんなで子供たちの成長を見守る。
これは未来の日本を作る事になるんだとも思えました。
ラブフォーニッポンメンバーも今回の
ロードは本当によかった!!とみんなが感じていました。

来月からもお互いが本当に良かったと思える
月命日ロードをおこなって行きたいと思います。

DSC_4578.jpg以上LOVE FOR NIPPONの活動レポートでした。
長文お読みいただきありがとうございます。



LOVE FOR NIPPON活動レポート 2014 NO.4

plumpynutsがスターターとして参加させていただいている
「LOVE FOR NIPPON」
の活動レポートを報告させていただきますppn_11

■3/11の被災地活動の打ち上げ的なものを東京で桜咲く頃におこないました
_0020619.jpg3月11日は、たくさんの方々が協力してくださったので
一同に集まれるような場所や内容を考えた結果
公園での花見ということになりました。

この花見では宮城からも福島からもみなさん集まって下さり
そして福島のみなさんと行っているお米作りの場所
新潟や日光からもお米作りメンバーが集まって下さいました。

いつもとは違った話ができたり各地域の人同士が交流を持てたりと、とても素敵な時間を過ごす事ができました。


また、新潟の米作りでは昨年からもち米も作っているのですが、会場に新潟メンバーが杵とうすも持って来てくれ、
もちつきを始めました。

_0020630.jpg福島の避難生活を続けているみなさんと
新潟中越地震の震源地の棚田で作ったもち米を
東京の花見で餅つきをして、
そこに集まる子供たちにふるまう事ができたこと
ラブフォーニッポンの三年間の成長を皆で喜び合いました。

4年目に突入した活動ですが、今年は福島の原発のある町
双葉町と大熊町のみなさんとの交流をより多く持っていきたいと思っています。

やはり、原発のある町のみなさんの今を
もっと多くの日本のみなさんに知ってもらうことが
福島全体を支援する意味でも大切なのではと思います。

会津に避難した大熊町のみなさん。
大熊の方の多くは家族を会津に住ませて、
お父さんはいわきに単身で暮らし、
原発で働いている方が多いと聞きます。
休みの日に2〜3時間かけて家族に会いにやってくる、
そんな家族が多くいるようです。

_0020688.jpg"顔晴ろう大熊っ子"
会津では会津っ子と言うようですが
会津に避難している大熊の子供たちも負けないようにと
こんな言葉もありました。

三年間避難生活をつづけながらも
同じ避難生活者の面倒をみる。
長く続く避難生活では避難先のトラブルも増えています。
この大熊のみなさんはとても会津のみなさんと良い関係と聞きましたがそうでない地域も多くあります。

"震災復興"というこれまでの考え方ではない取組みがここ福島では必要だと思います。
4年目の今年は「福島県外からのおせっかい」を意識して
より多くの地域と交流をもてるようにがんばっていきたいと思います。


_0020693.jpg■4月11日
月命日に作る山元タイムの山元キャンドルの制作を
11日の早朝から山元タイムでおこなってきました。

山下さんと合流し早速キャンドル作りを始めました。
三回目の制作という事もありだいぶ手慣れてきました。
今回は流し込みの作業をしましたが、この後は山元タイムのおかあさんたちがひとつひとつを仕上げていきます。
_0020719.jpgもっとゆっくりとしたいところだったのですが
この日は福島の仮設でイベントを行うために
お昼には山元町をあとにしました。


次は郡山の南一丁目仮設住宅に集合しました。
3/11が一年の終わりであり始まりでもある。
そんな節目と意識している中では
4月の月命日は一年の始まりの月命日です。
イベントも一緒に手伝ってくれるお母さんたちがいる
この仮設住宅から始めようとなりました。

ご飯を頂いてから仮設集会場のほうでイベント準備をはじめ
外ではバーベキューを、そして中ではビンゴゲームや体操、マッサージなどをおこないました。
夕方からみんなでキャンドルナイトをしたのですが
キャンドルを入れるカップにそれぞれの今の想いも書いてもらいました。

P4115440.jpgまとめ役で今でも一番がんばっている富子さんのメンバ--が、仮設で寂しくしてる人がいたら仲間にいれてくれたり
他の仮設でのイベントにもきてくれて、
その人達とも仲良くなっています。
ラブフォーニッポンの家族達です。
みんないつのまにか「ただいまーげんきだった?」
そんな挨拶をかわすようになりました



3/11に土屋秋恆さんに書いてもらった桜の絵をこちらの仮設にも届けてきました。
富岡の桜はみんなの誇り。
みんな桜の絵を本当に喜んでくれました。

_0020876.jpgラブフォーニッポンは4年目の活動が始まっていますが
仮設の生活も3年経ちました。
ここの仮設で生まれた子供もいます。


ここでは毎日"震災"ではない理由から避難生活が続いています。
この問題にたいしてもっと多くの日本の大人達が向き合わなければ
この仮設で生まれたこどもたちの未来は築けないと思いました。

福島の各地で様々な差別にあっている話を聞きます。
けして福島のみなさんが作り上げているものではありません。

放射能が本当に恐ろしいのか?
それ以上に人間自体が恐ろしいのか?

被災地ではいまだに毎日避難生活が続いています。
あらためて支援のお願いをしたいと思います。


DSC_5281.jpg■四月の月命日を終えて福島の各地へ
4月の月命日を終えてすぐに
三春の仮設の皆さんがおこなう花見の会にお邪魔してきました。

残念ながら花見当日、仮設の桜はまだ咲いていませんでしたが
住民のみなさんがみんなで準備して、そして片付けもおこなうなど
とても良いコミニティになっているなあと感じました。

こちらの仮設にも今年の3/11に福島市でのイベントで
土屋秋恆さんに書いていただいた桜の絵を届けてきました。

_0020989.jpg
数日後には、スターターとして初期から活動をともにしている
INORAN(LUNA SEA)さんと双葉町役場や仮設住宅などを訪問してきました。

INORANさんが今度はご自身のギターの製造メーカー
フェンダー社にお願いをして、世界に一台だけの
"Sakura Guitar"を制作しました。
「桜の花を見るたびに3,11に起きた事を思い出すように」
という祈りが込められています。

このギターが全国を巡り、最終的にはオークションにかけられ、
その落札金額を寄付したいとINORANさんは提案してくださいました。
そこで話し合った結果、原発事故によって帰る事が出来ない町"双葉町"に
ぜひ義援金としてお渡ししましょう!となりました。


DSC07695.jpg震災当時、町ごとさいたまに避難したことでも有名ですが
原発のある町でもあります。
伊澤町長からも双葉町の震災からこれまでの経緯なども説明してもらいました。
たくさんの問題があり、ここでは書ききれないのですが
三年経った今、自分も最近とても感じていた事なので記します。

伊澤町長はおっしゃいました
「このあいだ役場職員たちのストレスチェックなるものが被災地県全域でおこなわれていました。
その結果わかったのですが双葉町職員達のレベルが他地域よりも三倍ちかい数値であり驚きました!」


町民のみなさんの直接的な窓口は常に役場であり
震災からの三年間、様々なクレーム、怒声などをずっと受けて来たそうです。
町のみなさんと同じように被災者であるにもかかわらず
その被災者のみなさんの一番の窓口でもある職員のみなさんの想い、この三年間の毎日は想像することすらできませんでした。

思わず、みなさんにあいさつをして「ごめんなさい!とありがとうございました!」
という謝罪と感謝の言葉が一緒に出ていました。


県北地域
福島市土湯の方面でも雪が解け始め桜が満開になっていました。

暖かい日に、福島市の幼稚園を訪問してきました。
こちらでは、放射能の数値が高い部分は未だに子供たちが近づかないようにしていたり
危険な遊具などは使用できないようにしていました。

_0021110.jpg除染ももちろん行っているのですが
それでも高い部分がないかなどとても気遣っておられました。
6月の月命日をとても楽しみにしてくれているので
これからがんばって計画していこうと思います。

そして、ひさしぶりに郡山市富田にある
"おだがいさまセンター"を訪問してきました。
ここは人気の仮設住宅でもあるので
入居総数はほとんど変わっていないらしく
出て行く方がいてもまた入ってくる方がいるようでした。

_0021118.jpg借り上げ住宅から仮設に入られる方も多いらしく
その多くは孤独感からだそうです。


避難生活であっても三年も経つと
それぞれにはそれなりの日常が流れ
人間関係も構築されています。
当たり前のことですが、でもこの状態を
当たり前としてはいけないという想いも強くもちます。

福島のみなさんの多くは
選択している訳ではなく受け入れている事が多くあると思います。
そのことに危機感をもちつつも
戦う事より受け入れる事を非難することもできない自分がいます。

ただそれでも、今を生きているみなさんたちと
少しでも多くの時間を共有し、
そしてまた来る月命日には、それぞれの想いをそっと教えてもらいたいです。

大きな国福島の様々な地域ですこしでも多くの想いを受け取りそしてすこしでも多くの笑顔がうまれるように活動を続けていきたいと思います。


_0021073.jpg長文お読みいただきありがとうございました。
以上LOVE FOR NIPPONのレポートでした。


LOVE FOR NIPPON in 富岡町柴原荻久保仮設住宅2014/5/11 NO.2

みなさん、こんにちは。

先日、5月11日(日)は、LOVE FOR NIPPONさんのお手伝いに参加させて頂きました。

初めてLOVE FOR NIPPONに参加した立場からREPORT出来たらなと思います。


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私達plumpynutsチームはCandleJUNさんのお車で福島まで連れて行ってもらったのですが
道中、JUNさんのLOVE FOR NIPPONへの思い、キャンドルに託す思いなどを沢山話して頂きました。
その時おっしゃっていた「自分の出来る事をする」というのがずっと私に自問自答させ続けました。
LOVE FOR NIPPONをリーダーとして三年ずっと引っ張ってきた方の思いを到着前に聞けたことは
とても貴重でした。
そして、JUNさんの人柄が今まで沢山の人たちを巻き込んでこの活動を続けられたのだと実感しました。

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おちゃめな吉田さん♡

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柴原萩久保仮仮設住宅は滝桜で有名な三春町の中にありました。
その日は、びっくりするほど晴天でびっくりするほど暑かったです。

まず一番嬉しかったのが、子供たちや中学生たちが
とても元気な笑顔で遊んでいたことです。

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イベントが始まる前。
LOVE FORのメンバーも大人気なく(笑)真剣に中学生・小学生達とバスケとバレーをしました。
元バスケ部達が少年たちに容赦なく襲いかかります!笑
私が元水泳部として何の役にも立たなかったのは内緒のお話です。。。

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ここのアイドルこのみちゃんからは最新のキックボードのやり方を教えて頂きました。

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このみちゃんママがビー玉ゲームを教えてくれたり・・・

みんな元気です!

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R0022106 (Medium).JPG
テントや音響や料理の準備が出来たらイベントの始まりです。
本当に素敵なことは、これらみんながLOVE FOR NIPPONの有志で集まったものだということです。


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REPORT No1でも書いてある通りplumpynutsは
当日綿菓子屋さんとして参加していたのですが、、

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夏の様に暑い日だったので、全然人気が出なく、、
それを見かねた小さなギャル達が綿菓子屋を盛り上げてくれました。

ありがとう。。

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こちらの少年も、同世代の仲間たちが全く相手をしてくれない綿菓子屋に
気を遣ってひとつ食べに来てくれました。

しかもこの少年、BINGOでの景品に自分のものではなく
母の日だったということもあり
お母さんが喜びそうな景品をもらって行きました。

将来有望です。。。。

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夜になれば宴の始まりです。
LOVE FOR NIPPON ならではのライブが始まりました。
数ある音楽フェスとはやはり違います!
自分に出来る事をする・・・ラビラビさん達、あすかさんが、そしてことねちゃんが、みんなを盛り上げ、
そしてJUNさんの思いのこもったキャンドル達が明かりを灯していました。

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ラビラビさんのリズムと歌声によって老若男女みんなが踊りだしました。
興奮した子供たちは、ライブとは違う場所で遊び始めていました。

音楽って本当に人々を元気にさせますよね!
ラビラビさん達はまさしく「人力トランス」でした!

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あすかさんの歌にみなさん先程とは違って、息を飲んで聴いておりました。。
私もそうでした。

JUNさんが福島へ向かう道中言っていた
「ただ自分が出来ることをする」というのが何なのかその日一日お手伝い(むしろ楽しんでしまいましたが・・・)させて頂いている間、特に特技も大金もあるわけでも才能があるわけでもない私に何が出来るんだろうと考えておりました。
ラビラビさん達やあすかさんみたいに音楽の才能があったらなぁとか。

ライブの終わりに、元自治会長の遠藤さんが、
「私達がまだここで頑張っていることを忘れないで欲しい」
ご挨拶をしていらっしゃいました。

その時思ったのですが、
忘れていないよと避難所で頑張っている方々に伝えて行けばいいのか!と感じました。

忘れていない人が居るということが、頑張っている方々の励みになるのかもしれません。
忘れないことが、そして忘れていないよって伝える事が、私みたいに手を差し伸べたくても差し伸べられない人の出来ることかもしれません。
伝え方はまた課題です。
が、積極的にまたこの地を訪れたいと思いました。

R0022068 (Medium).JPG
なので富岡町のみなさん、またお会いしましょう!

LOVE FOR NIPPONのみなさん、また参加させて下さい。
宜しくお願い致します!

最後に、長文を読んで頂きありがとうございます。


by辻






LOVE FOR NIPPON in 富岡町柴原荻久保仮設住宅2014/5/11 NO.1

LOVE FOR NIPPONの活動で、2014年5月11日の月命日に福島県三春町に行って来ました。
plumpynutsチームでは福島県は2度目。
今回は三春町にある、旧警戒区域の福島県双葉郡富岡町の皆さんが避難している三春町柴原荻久保仮設住宅へお邪魔しました。看板

R0022104_resize1.jpg
三春町は桜で有名な町だそうですが、もう桜cherryblossomは散って奇麗なGREENに変わってました。。。。。。。。残念。。。

仮設住宅で支援、イベントをするにあたり、仮設住宅でイベント、支援をしますので来て下さい。と呼びかけても別の仮設に住んでいる方々は中々、別の仮設住宅での支援となると仮設住宅単位で孤立しているのか、来るのを渋ります。でも今回は自治会長さん等の呼びかけで、周辺の仮設住宅に住む皆さんも少し来て頂きました。もう少しひらけた交流が出来れば、避難でバラバラになった皆さんが、久しぶりに再会したり、交流が生まれてストレスが少しでも減っていければとの試みです。
真_resize1.jpg富岡町の皆さんが居る美春町柴原荻久保仮設住宅は、皆さんとコミニュケーションを気軽にとれるようにと、外のスペースにテラスの様なスペースを作ったことで室内にある談話スペースよりも同じ仮設住宅に住んでいる皆さんと気軽に交流が出来るそうです。

R002 2139_resize1.jpgいつもケバブやBBQを担当している強面な小金井さん。今回は北海道からも差し入れが。 縁日みたいに盛り上がりましたppn_09
R0022106_resize1.jpg
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P.jpgR0022100_resize1.jpgいつも宮城県から参加して下さってます。R0022159_resize1.jpg
デザイナーの2人は打ち合わせもしてないのに何故かペアルック。。。。             この2人いつも何故か服がかぶります。テレパシーgemini
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今回は山元タイムを主催している山下さんも参加してます。
いつもはワークショップでミサンガの編み方をレクチャーしてますが、今回はその予定が無く道具を持って来てませんでしたが、リクエストにより急遽毛糸で特設ワークショプaries
山元タイムで被災地のお母さん方が作っている祈りのミサンガはSHOWCASE by plumpynutsでも販売してます。購入する事で、雇用が生まれます。
              R0022107_resize1.jpg



R0022108_resize1.jpgネイルも好評で、ことねちゃんもハイチーズppn_13ppn_08ppn_09
CandleJUNEさんが初めて会った時は2歳半だったとの事。今では6歳になりました。   
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おばあちゃん方に大変好評のマッサージdelicious
マッサージの前にネイルをしたので崩れない様にppn_07


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今回plumpynutsからは綿菓子とBINGOゲームの景品を提供させて頂きました。     

R0022097_resize1.jpgR0022102_resize1.jpgR0022096_resize1.jpg11日は晴天で良かったのですが、気温が思ったより上昇し、皆さん綿菓子よりライバルのかき氷の方が人気で、いつもは原宿のパンケーキやポップコーンみたいに行列になるのに!子供達には少し人気だったかな。。。R0022101_resize1.jpgBINGOゲームの始まりですppn_02ppn_02ppn_02ppn_01
BINGO番長のラビラビのPICOさんが司会ppn_10R0022141_resize1.jpg

R0022138_resize1.jpgR0022149_resize1.jpgR0022153_resize1.jpgこのかわいこちゃんはBINGOになり選んでくれたのはplumpynutsのチェーンバックwink
大道さんの膝の上に乗ってみたり、喜多さんをガン見したり、2人の事が気になるお年頃ppn_12
R0022155_resize1.jpg



キッズのゲリラライブスタートdash
JPOPの流行の曲をメドレ〜

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R0022124_resize1.jpg何と途中からラビラビのPICOさんはエアドラム、青谷明日香さんはエアキーボード、PPNの辻ちゃんはほうきでエアギターで乱入。大盛り上がりでした。R0022129_resize1.jpg

乱入と言えば、謎のゆるキャラ?悪キャラ?ワルタンも乱入ppn_01
少々乱暴ですが子供達に人気です。




R0022112_resize1.jpgのサムネール画像R0022110_resize1.jpgのサムネール画像
JUNEさんも少しおふざけ。
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キャンドルナイトの時に一緒に火を灯す皆さんの言葉。

R0022136_resize1.jpg
暗くなり始めたら、キャンドルを灯してラビラビさんのライブです。ノリのよいパーカッションに合わせておばあちゃんが飛び跳ねてハッスルしてましたppn_12IMG_3436_resize1.jpg
頻繁に被災地で歌を歌っている青谷明日香さん。
今回は自治会長さんが作詞したものに青谷さんが曲をつけて歌って頂きました。
望郷桜。

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IMG_3443_resize1.jpg
久しぶりの被災地に行きましたが、見た目は少しずつ変わってきているのかもしれませんが、皆さん頑張って生きています。
被災地支援は減ってきてますが、plumpynutsチームはほんの少しなのですが、お手伝いをさせて頂いて、皆さんと繋がっていたいです。

では、次はNO.2レポートを初めて被災地に行った新人の辻ちゃん宜しくっっ

ラブフォーニッポンレポート 2014_NO.3


plumpynutsがスターターとして参加させていただいている
「Love for Nippon」
の、今年3月の活動レポートを報告させていただきます
ppn_11

2014 3/11
震災から3年経つ福島県で追悼のキャンドルナイトをおこなってきました。


DSC06453.jpg震災から3年の今年は
福島県7方部すべてでキャンドルナイト行いましょうということで、今年のはじめから福島県各地域をめぐり、
各地の特色や被災状況などを教えてもらい
共同作業で3/11を迎えられるようにつとめました。

今回は福島で暮らすそれぞれのみなさんの想いを灯す
それを一番のテーマとしました。

3/11の当日は
県北地域、南会津地域、県南地域、相双地域と
4会場同時で行われました。

南会津会場では雪で巨大な山やかまくらを作り
中にキャンドルをいれたりと雪の中での開催となりました。
前日まで雪が降る中、多くのボランティアの協力のおかげで、壮大なキャンドルナイトとなりました。
GAKU-MCさんもキャンドルの灯る中で
ライブをしてくださいました。

白河会場では復興音楽祭として
白河ダルマとともにたくさんのキャンドルが灯り
みなさんからのメッセージも多く集まりました。

相双会場である南相馬では
仮設住宅の方々にも協力いただき
地元の演目のほかに大道芸のみなさんやBr.KONEさん、
イズミカワソラさんのライブなどが行われました。

県北会場の福島市まちなか広場では
福島県すべての地域を表すモチーフを制作し、
これまでの追悼キャンドルナイトで集まったホルダーを
使い、"ふくしま"という文字を作りました。
ORANGE RANGEさんや細美武士さんやTOSHI-LOWさん、
青谷明日香さんのライブも行われました。

今年に入ってから福島県の様々な地域を巡り、
震災から3年経ちましたが沢山の新たな問題を感じました。

震災、津波、原発事故
被害地域が多地域に及んでいることから復興格差が
発生していると感じました。
三年という節目を境に今後益々
深刻化していくと思われ、
三年経った今だからこそ福島で暮らす人々の声を
幅広く聞く必要があると感じています。

関心を持ち続け、話を聞かせてもらい
より多くの想いにふれる事からこの先の未来を想像していくことが大切なのではと思います。

ラブフォーニッポンでは
Fukushima311というサイトをつくりました
http://fukushima311.jp

各地域で集まったそれぞれの3月11日の想いをまとめ、
またFinedaysという映像アプリに協力していただき
各地の当日映像もアップしています。

3年経った今年の3月11日は
「みんなに感謝します。震災以降ずっとひとりで何かと戦って来た。そんな気がしていましたが
今こうしてたくさんの人と一緒に泣いたり笑ったりしてる。
それぞれの地域でそれぞれの3/11を一緒に作り出している
この場所から発信していかなければいけないことを
この場所で暮らしている人達とともに。
三年かかったけどここからが本当にラブフォーニッポンの始まりだと思います。」

そんなことを言いました。
悲しみから憎しみを生み出すのではなく
悲しみから学び喜びに変えていく。
地震や津波、原発事故から何を学び何を残していくのか。
これからが始まりだと三年経った福島で思いました。

大阪NU茶屋町にて

ラブフォーニッポンが震災から活動を始め三年が経ちました
ここ大阪NU茶屋町さんも今回で三回目となります。

IMG_5167.jpg若旦那さんMINMIさんをはじめ
多くのスターターがライブやトークを繰り広げて下さり
そしてたくさんの方からのフリーマーケット出品などで
年を追うごとに盛り上がってきています。


今年は山元タイムのみなさんにも大阪に来ていただき
ミサンガをつくるワークショップを行い、
多くの方との交流を持つことができました。

IMG_5208.jpgまた、LIVE福島や東北ライブハウス大作戦、
被災地で精力的に活動を続ける方々とのトークなど
新たな交流を持つ事も出来ました。

そして、震災直後よりラブフォーニッポンを撮り続けて来てくれた写真家石井麻木さんの写真展も
好評頂き延長することにもなりました。

麻木さんの写真にはたしかに震災当時の現実がありました。
またそれとあわせて3/11から動き始めたアーティストたちの歩みと温度も感じられます。

P3224551.jpgあの3月11日が起き
多くの人が涙しそして多くの人が繋がりました。

原発事故という大きな問題はありますが
それでも、地震や津波がもたらした悲しみは
たくさんの人を繋げることにもなったのだと思います。


DSC_2358.jpgラブフォーニッポンはこれからも活動を続けます。

月命日には福島で。
そして避難生活を続けるみなさんとのお米作り。
山元タイムではもっともっと新しいもの作りを。

そして、なによりこれらをきっかけに
もっと多くの人たちと繋がっていきたいと思います。

長文お読みいただきありがとうございました。

LOVE FOR NIPPONのウェブサイトはコチラから。



LOVE FOR NIPPON活動レポート 2014 NO.2

plumpynutsがスターターとして参加させていただいている
「LOVE FOR NIPPON」
の、今年1月2月の活動レポートを報告させていただきますppn_11

1/11今年はじめの月命日に福島市にある笹谷東部仮設住宅に
行ってきました。

浪江町のみなさんが避難生活をおくっている仮設住宅です。
この日も塩竈から参加してくれた平塚さん達が海ノ幸を沢山持って来てくれ
福島大学のボランティアチームも呼んで餅つきをふるまってくれました。
_0017784.jpg
元格闘家のマッスル平沼さんは写経や書をみなさんと一緒におこない、
ビンゴゲームではCHUMSさんから賞品に頂いた冬物のアイテムで
みなさん本当に喜んでいました。
_0017808.jpg
_0017819.jpg
ライブでは福島出身・在住で活動を続けている片平里奈さんが、東京からは青谷明日香さんとらびらびのお二人も参加しました。
DSC_2093.jpg
仮設の皆さんともだいぶ仲良くなれましたが、子供達の成長は本当に
時間の経過を表してくれます。
いつもイベントの司会進行を努めてくれる男の子も4年生になります。
将来の夢は?と聞くと「テレビのアナウンサー!」
一年前と変わらぬ夢を語ってくれます。

一年前は無邪気に「ラブフォーニッポンさんがきましたよー!集会場にあつまってください!」と家々をまわっていた彼も大人っぽくなり恥ずかしさもあわせながらの司会となりました。

この夢を聞いて福島中央テレビのディレクターさんはアナウンサーを連れてきてくれ、ライブの進行役をつとめた彼は一生懸命出演者の情報をメモして紹介してくれました。

それだけでも微笑ましいのですがライブの最後に台本にないことを言いました。

「エー今日は本当にみなさんお集まり頂きありがとうございました
ラブフォーニッポンのみなさんも本当にありがとうございました
みなさんも本当にいろいろと大変なことばかりだと思いますが
とにかく笑顔でこれからもがんばっていきましょう!!」

友達とも家族だってバラバラに避難生活をしている所も多くあります。
大人達の不安な気持ちをそのままに感じながら毎日を暮らす子供達。
その子供が大人達を前に「本当にいろんな大変なことがあると思いますが、
がんばっていきましょう!!」

子供っぽくない台詞にその場では笑いが生まれましたが、なぜ子供にこんな言葉を言わせなければいけないのだろうと悔しい気持ちで一杯になりました。

自分がそのとき言えたのは
「ありがとうね!また帰ってくるからな」だけでした。
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最後までにぎやかにみんな笑顔で記念撮影したりとても素敵な月命日でした。

もうすぐあの震災から原発事故から三年が経ちます
もう一度あらためて今の福島で起きていることを多くの日本人が認識をして
そこから学ぶことが本当の日本の未来を造ることに
なるのではないかと思います。


1/12 福島県双葉町のみなさんが暮らす仮設住宅でおこなわれた
双葉のお祭り"ダルマ市"に参加してきました

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この双葉町は原発があり、まだまだ町民が帰る事の出来ないでいる町です。
現在はいわき市に多くの方々は暮らし、町の役所機能もでき、
仮設だけでなくサポートセンターもたてたりと
双葉町と環境も近いいわき市にまとまりつつあります

「なにひとつ町の売りがないんです」
この町出身のうちのスタッフであったGASくんは言いました

「b級グルメもないし特産品もない、イベントっぽいものもなにもないんです」

震災当時から町のために何か出来ないか?そんな話のなかでも
唯一でてきたものがこの"双葉のダルマ市"でした。
何にもないところから、双葉町の人達はこのダルマ市を復活させました。

「運動会テントやみこしなど、警戒区域の中からもってきて準備したんだよ」
とダルマ市を復活させた"夢ふたば人"という団体を作った方は言いました。
_0017966.jpg
DSC05144.jpg
震災直後より支援活動を続けているTOSHI-LOW(ブラフマン)さんにも
参加してもらいました。

彼は震災直後茨城の復興からはじめ現在も様々な活動を個人、バンド、
さらに幡ヶ谷再生大学という団体としても活動を続けています。
昨年の3/11にも福島の仮設住宅でのイベントに参加していただき
ライブはもちろん、最後まで住民のみなさんとふれあいをもち
一人一人のお母さん達の話をしっかりと聞いてくれていました。
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いわき市のみなさんのみならず近隣の地域からもたくさんの人が
まってくれましたがその多くが小さな子供を持つ若い家族でした。

この日郡山からやってきてくれた富岡や川内村のお父さんお母さんたちとも
3/11以来の再会を喜んでくれていろいろな話でもりあがりました。

前の日に訪ねた福島市浪江町の仮設住宅のみなさんも
このダルマ市に遊びに来てくれました
DSC_2278.jpg
震災前はいつもかならずこの隣町ふたばのダルマ市には家族で行っていたよ」
と言い、双葉のみなさんとも仲良く昔話などされていました。

出店の中で一番長い列ができていたのは"浪江焼きそば"でした
その焼きそばをたくさん買って自分たちに食べてくれと渡してくれるGASくんの
お父さんや、ダルマを買ってくれる仮設で暮らすお母さんたち。

ステージのライブを見ていると飲食店を出しているお母さんから
「これよかったら食べてね!」ともつ煮をもらったりと
みんながとても優しくしてくれます。

今もみんな避難生活を続けているみなさんが、自分たちにあれやこれやと
たくさんの優しさを与えてくれました。

双葉町のみなさんのお話を聞きましたが
やはりどの方にもこの先の不安があるようです。
どうすればいいのか?その答えが見えない避難生活がここで続いています。

自分たちにはその答えを出すことはできませんが
このダルマ市を復活させた人達には熱い気持ちがたしかに芽生えていました
「何にもしないんではなく何かしよう!」

必ずすべての人にはその人にしか出来ない事がある

震災が起きて、自分も出来る事をしよう!と
福島に物資を持っていく日々から始まり
今日までいろんな福島とふれあってきました

震災から一年過ぎた頃に福島出身のスタッフから
「こんなことしてても福島が救えるとは思えません」
そんなことを言われた事がありました。

東京では反原発のデモがあったりするものの、
ニュースでは福島のことが出なくなって来たころです。
福島の現状は何ら変わらない
そんないらだつ気持ちもあわせてあったのかもしれません。
結構がんばっていたつもりだったから
正直ちょっと悔しかったことをおぼえています

でも、その時そんな自分もやはり誰かのせいにして
なぐさめていた。しょうがないと諦めていたことに気づかされました

三年が経とうとする今
はたしてこれまでの自分たちの歩みが福島のためになっているのだろうか?
福島の今の現状を見ても、けしてよい形に向かっているとは思えませんが、
それでも福島には多くの家族ができて
その家族達の日々を知る事ができるようにはなりました。
もちろん、新たな家族達との出会いは続いています。

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今日から始まった双葉町のみなさんとの交流
震災から三年が経とうとしている今からのスタートですが
いつか世界中の人達が「福島のみなさんのおかげで世界は学べたよ、ありがとう!」
と言ってもらえる日が来れるように一緒にがんばっていきたいと思いました。

またこの双葉の仮設にやってきますと約束をして帰路につきました。

これからも避難生活を続けるみなさんのもとにラブフォーニッポンは向かいます
どうぞみなさんこれからもよろしくおねがいします。


3月11日の一ヶ月前である2/11は
双葉町のみなさんが暮らす仮設住宅を訪問してきました

バーベキューをおこなったりビンゴゲームをしたり
大道芸やミュージシャンのライブなどとにぎやかな一日を皆さんと過ごし
夕方からはキャンドルナイトをおこないました。
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ここでもみなさんにもメッセージを書いてもらいました。

原発のある町"双葉町"
帰る事の出来ないみなさんが暮らす仮設住宅
そこで灯したキャンドルにはやはり切ない願いがこめられていまし
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このひとつひとつのメッセージをもっともっと多くの方に伝えることが
三年間通い続けて来た自分たちが出来る仕事なのではないかと思います。

この3/11のキャンドルナイトが終わっても
月命日に仮設住宅で灯す事は続けていきます
そしてこれまでと同じようにその仮設にいるみなさんには言うつもりです
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「追悼の灯火を灯すのではありません
亡くなってしまった方々が今の被災地を見たときに
安心してこの世を去る事が出来るのだろうか?
残してきた家族が今、平穏に暮らせているのだろうか?
未だ仮設住宅はあり
三年経とうとしている今でもこの先がどうなるのかわからない
そんな中で月命日を一人寂しく過ごしてはいないだろうか?

だからまだまだ東京からたくさんの友人を連れて来て
楽しく,おいしく,にぎやかな一日を作っていますよ!
皆さんにも見てもらいたいから、たくさんのひかりを灯しています!
まだ見ていて下さいね!
木の上や屋根の上からきっと心配で見ているみなさんにみてもらうための
キャンドルを灯しに来ています」そんなふうに伝えています。

いつの日かほんとうに
みんなで「もう大丈夫。いろいろあったけど今私たちは元気だよ」

そんな日が迎えられたときに
みなさんと一緒にあらためて"追悼の灯火"を灯したいんです
今年も月命日はかならずにぎやかな一日にしていきます。

どうぞ三年目を迎える3/11を
そしてそこから新たに始まる活動へのご協力をよろしくお願い致します。

長文お読みいただきありがとうございました。

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